今日は北にロシア、東にカスピ海、南にイラン、西にトルコ・黒海という隣国・湖を持つ、コーカサス地方にある旧ソ連から独立した3ヶ国。
国名:グルジア
世界の陸地の約1,952分の1を占めるこの国には 人類の約1,445人にひとりが住んでいる。
最新ニュース:ワイン封鎖“冷戦”突入 グルジア、露将校拘束/露は外交官引き揚げ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060930-00000004-san-int
『【モスクワ=内藤泰朗】旧ソ連を構成したグルジア当局が、ロシア軍人4人をスパイ容疑で逮捕したことから両国の対立が急速に先鋭化している。グルジア産ワインの全面禁輸など経済封鎖を行うロシアは29日、駐グルジア・ロシア人外交官の退避を開始し、グルジアに対する圧力強化に乗り出した。両国の対立は、緊迫の度を強めている。
ロシアのラブロフ外相は28日、スパイ容疑を否定し、ロシア軍人の身柄引き渡しを要求。ロシア側は29日、特別機をグルジアの首都トビリシに派遣、駐グルジア・ロシア大使を召還しロシア人外交官100人を「身の危険がある」と退避させた。さらに、対グルジア金融制裁や天然ガスの供給停止などに加え、軍事・政治的な圧力を今後さらに強めていく可能性を示唆した。
また、イワノフ国防相は同日、スロベニアで開かれていた北大西洋条約機構(NATO)との国防相理事会終了後の記者会見で、グルジアに対し、一部NATO加盟国がロシア製の武器・弾薬をグルジアに違法に売却していると非難した。名指しはしなかったが、2004年にNATOに新規加盟した中・東欧など7カ国を念頭に置いたものとみられる。
これに対し、親欧米派のグルジアのサアカシビリ大統領は「(ロシアの)ヒステリーだ」と一蹴(いっしゅう)。
グルジアでは、ロシア語系住民が多数を占め、ロシアへの編入を求める自治州が独立を問う住民投票の実施を予定する。同共和国では、ロシアのパスポートが交付されるなどしており、グルジア側が「ロシアの内政干渉だ」との非難を強めている。ロシア側はこれを否定している。
これら住民投票では、グルジアからの「独立」支持が圧倒的になるものとみられており、「独立阻止」を最大の国是とするグルジアのサアカシビリ政権は、ロシアとの対立激化の中で正念場を迎えている。
(産経新聞)』
Wikipedia:グルジア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%82%A2
『「グルジア」は英語名のGeorgiaと同じく、キリスト教国であるグルジアの守護聖人、聖ゲオルギウスの名に由来すると言われる。
紀元前6世紀にはオリエントを統一したアケメネス朝ペルシャの一部となった。
4-6世紀にキリスト教に改宗。
長い間ビザンツ帝国の一部であり、文化的にもその影響が大きい。その後、オスマン帝国・ペルシア・ロシアなどの支配を経て、ロシア革命後の1918年5月26日にロシアからの独立宣言。その後ソビエト連邦に加盟。
1991年、ソ連邦の解体により、グルジア共和国として独立した。スターリンの出身地。1992年から2003年まで、エドゥアルド・シェワルナゼが最高権力者であった。
グルジアは古くから紛争の影響を受けやすく、中央政府の支配権の及ばない地域がある。特にチェチェン共和国と接するパンキシ渓谷を中心にチェチェンゲリラの巣窟となっているなど問題がある。
グルジア経済は伝統的に、黒海観光、柑橘類、茶やブドウの生産を中心としてきた。ソビエト連邦時代には黒海沿岸は有数の保養地になり、観光業が盛んだった。また、ブドウなどを利用してワインやコニャック製造などの食品加工業。』
うーん。なぜロシアがちょっかい出すのか、いまいち分からんなあ。ワイン封鎖をやる位だから、ワインが欲しい訳ではない(笑)。とすると再統合してから、バカンスに行く? 確かに避暑地ならぬ避寒地はロシア人にとって魅力なんだろうなあ。親欧米派の政権が気に入らない? どなたか知っている人がいたら、教えて下さい。
YouYube:Travel In Georgia
http://www.youtube.com/watch?v=3WSSeK1f8pA
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国名:アゼルバイジャン共和国
世界の陸地の約1,571分の1を占めるこの国には 人類の約769人にひとりが住んでいる。
Wikipedia:アゼルバイジャン
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%BC%E3%83%AB%E3%83%90%E3%82%A4%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B3
『アルメニアをまたいで西南方に飛び地のナヒチェヴァン自治共和国がある。首都はバクー。
歴史的には、イラン高原を支配する政権の統治下にあることが多かった。もともとはイラン系の人々が住んでおり、南のイラン高原側と同じくゾロアスター教の拝火壇などの宗教施設が多数建立されていた。
セルジューク朝の時代にイスラム化が進んだ。
17世紀にこの地方を拠点にサファヴィー朝が起こり、カスピ海南西岸地域一帯の多くのテュルクメン系の人々がシーア派へ改宗した結果、アゼルバイジャン人(アゼリー人)と呼ばれる民族が形成されていった。
19世紀にイラン・ロシア戦争(1828年)の結果、アラス川北岸地域はロシア帝国に割譲され、ロシアの統治下でアゼリー人の民族意識が高まった。
1918年、この地域のアゼリー人民族主義者たちは十月革命後の混乱を縫ってアゼルバイジャン民主共和国を打ち立てることに成功したが、1920年に赤軍がバクーに侵攻して共和国は解体し、ソヴィエト政権が成立した。1991年12月21日、独立国家共同体(CIS)に参加。
バクー油田など豊富な天然資源があり、ソ連崩壊やアルメニアとの紛争で落ち込んだ経済を支えている。天然資源の存在は第二次世界大戦やチェチェン問題とアゼルバイジャンの関係とも大きくかかわっている。』
拝火教→火は神様→他の国が火が欲しいって言って、石油をあげると お金落としていってくれるんだもん。やっぱ神!(妄想)
世界遺産動画:城壁都市バクー、シルヴァンシャー宮殿、及び乙女の塔
http://www.youtube.com/watch?v=G3jihTgdrXk
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国名:アルメニア共和国
世界の陸地の約4,566分の1を占めるこの国には 人類の約2,144人にひとりが住んでいる。
Wikipedia:アルメニア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%A1%E3%83%8B%E3%82%A2
『アルメニア人は自らをハイ(複数形はハイク)、国をハヤスタンと呼ぶ。またノアの箱船が漂着したというアララト山はよく知られている。伝説ではこのハイ族の族長アルメナケが一族を率い、自らを王と名乗り、一族をアルメニア族と名乗った事が、アルメニアの起源とされている。
紀元301年に世界初のキリスト教国家となる。(そのため、エルサレムの聖墳墓教会の塗油台の壷は特別2個おく事が認められている。
5世紀以降、アルメニア教会という独自のキリスト教が形成された。
しかし、イスラム教徒の増加と共に、迫害を逃れるため、10世紀にアルメニア人は故国を捨てる(ディアスポラ)。
1988年にアゼルバイジャン共和国にあるナゴルノ・カラバフ自治州でアルメニアに帰属替えを求めるアルメニア人の運動が起り、これに反発したアゼルバイジャン人との緊張の中で衝突が起り、両国の本格的な民族紛争に発展した。これを契機としてアルメニアは独立を宣言したがソ連軍の侵攻を受けた。しかし1991年にソ連保守派のクーデタが失敗した為、同年9月にアルメニア共和国は独立を遂げた。しかしナゴルノ・カラバフ自治州を巡るアゼルバイジャン人との紛争は現在も続いている。
主な輸出品は、ダイヤモンド (40.7%)、金、非鉄金属。主な輸入品はダイヤモンド (19.6%)、石油製品、天然ガスである。
古くからワインの製造が盛んで、特にブランデーは有名。アルメニア・コニャックと呼ばれる。
日本との貿易関係:主な輸出品はモリブデン鉱石 (52.7%) 、美術品と骨董品、血清とワクチンの順である(2003年)。輸入品は建設、鉱山用機械 (62.6%) 、トラック、電気機械である。
藤田田が「商業に於いて、ユダヤ人が3人いても一人のアルメニア人に敵わない」と称する程に商才に長けているとされる。
世界遺産として3カ所の文化遺産が指定されている。991年に創建されたハフパット修道院とサナヒン修道院、4世紀に創立したゲハルド修道院とアザート川上流域、4世紀に建立されたエチミツィンの大聖堂と教会群およびズヴァルトゥノツの考古遺跡がある。』
血清とワクチンがアルメニアなんて国から日本に輸入されているんですね。ちょっとびっくり。アルメニア・コニャックかグルジアワインを見つけたら飲んでみたいなあ。
動画:Hayasdan, Armenia
http://www.youtube.com/watch?v=yZJHCBMcQeU
ちょっと長かったけど第12日目 終わり



